東の小心者あれば行って涙を拭いてやれ
2005年12月5日 日常
100円と間違えて500円玉を渡されることが
ここ数日の間に二度あった。
受け取った瞬間、手の中の違和感には気付くのだけど。
今日はすぐに気付けたので返してきた。
「まじめな人だねー」といわれた。
まじめというわけではない。
前回は返しそびれてしまった。
コンビニの外国人の店員さんだった。
すでにその店から歩き始めていたし、
悩んでる間も歩いていたのでどんどん遠ざかった。
その結果、いらぬ妄想を繰り広げ
(たとえばその400円の誤差でこの人は強制送還・・
もう二度とおりないビザ。倒れそうな妹や弟たち・・などと
はなはだ失礼な妄想ではあるが)
その500円を持ち続けることは不可能であり
苦痛であった。
そこであたしがとった行動は
「一番最初に見かけた募金箱に入れる。」
ということで見事盲導犬育成基金にその500円玉は生まれ変わった。
ああ、すっきりした。
美談でもなんでもなく、私がその罪の意識に苛まれ続けないための
逃げの手段なだけなのであーる。
ここ数日の間に二度あった。
受け取った瞬間、手の中の違和感には気付くのだけど。
今日はすぐに気付けたので返してきた。
「まじめな人だねー」といわれた。
まじめというわけではない。
前回は返しそびれてしまった。
コンビニの外国人の店員さんだった。
すでにその店から歩き始めていたし、
悩んでる間も歩いていたのでどんどん遠ざかった。
その結果、いらぬ妄想を繰り広げ
(たとえばその400円の誤差でこの人は強制送還・・
もう二度とおりないビザ。倒れそうな妹や弟たち・・などと
はなはだ失礼な妄想ではあるが)
その500円を持ち続けることは不可能であり
苦痛であった。
そこであたしがとった行動は
「一番最初に見かけた募金箱に入れる。」
ということで見事盲導犬育成基金にその500円玉は生まれ変わった。
ああ、すっきりした。
美談でもなんでもなく、私がその罪の意識に苛まれ続けないための
逃げの手段なだけなのであーる。
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